そして、学校時代は終わり。
息子は我が家に帰った。
からあげくんは幸せそうだ。
しかし、医者やケアマネに、早い時期から居場所を確保した方がいい。と言われた。
いわゆる、施設やグループホーム等の申し込みをして確保しておくようにと。
そう。
なかなか空きがでないから早く申し込みをしておくのが安牌だ。
分かっている。
空きが出たら、一週間以内に入るのがルールみたいだ。
連絡はいきなり来る。
明日かもしれない、10年後かもしれない。
だから悩んだ。
明日はいったとしても、週の半分くらい外泊で帰宅すれば?とケアマネは言う。
息子はその話をすると、いつものように言葉を飲み込みうなずいたが、デイサービスで明らかに意欲が低下してどうせ俺は施設に入るんやし❗と小さく荒れていると連絡があった。
私の前だけで暴れていた息子は、私の前では暴れない子になっていた。
母さんの前で暴れたから寄宿舎に入れられた❗
と思ったのだろうか?
私は息子と話し合い、施設がいやだという気持ちをうけとめた。
とりあえず、父母どちらかがいなくなった時考えようと。
それまでは、絶対勝手に話を進めない❗
そう言えたのは環境が許したからだ。
送迎付きのデイサービスにはいれた、私が仕事をしていない、息子の介助がまだ私たちで出来る。
どれがかけてもムリだ。
実際、
デイサービスに通えても10時から15時。
共働きには学校時代よりきつい。
送迎がないところもある。
家族だけの介助だけでは難しい重度の子供もいる。
田舎だからそもそも地元に施設も、デイサービスや作業所もなくて、遠方の施設に入り、そこから作業所に通う人もいる。
そうなると、本人の意向どころか親の思いすら介在する余地がなくなる。
しかし、外野は育児放棄だの厄介払いだの好き勝手に噂する。
しかし、親なき後の居場所を確保した親は私に言わせたら素晴らしい親だ。
私たちだって明日何があるか分からない。
そう思うととりあえずの決断が間違いの気がしてくる。
怖くなる。
息子は本当はヘルパーさんに頼りながら独り暮らしがしてみたい。
だけど、車イス対応のアパートは?
貸して貰える?
ヘルパーさんの利用に限度がある。
生活費は?
親に経済力があるならば、
自力でアパートを建て、ヘルパーを足りない分自己負担で雇い、一生生活費を出してやりたい。
そんなことが出来る親はどのくらいいるのだろうか?
そんなことを思う。
施設に入れる親心。
施設に入れない親心。
難しい問題だ。
施設入りたくない。
だが、多分とんかつくんがさきにいなくなったら私は息子と自分の施設を探し、家族は離ればなれになり家はなくなるだろう。
私はムリかな?息子よりも施設に入るのは難しい問題だ。
そして哀しく苦しいから今は目をそらす。
老齢期にこどもが親のためにする施設探しを親が子供のためにすること。
これをタブーのように世間は思わないで欲しい。
施設にいる親が家族であり続けるように、施設にいる子供も家族でありつづけるのだ。
最後に。
こんな哀しい未来ですら、我が家には明るい未来だ。
私たちより息子が長生きする世界。
私たち夫婦は実は息子を見送ってから逝く覚悟をしながら今を過ごしている。
多分とんかつくんは特に。
だからとんかつくんは息子の施設に意識があまりいかない。
意味がないと考えている。
哀しい話だ。