からあげくんは、たくさんの友人をみおくりながら生きてきた。
夜遊んでた子のベッドが朝に空っぽになること。
また会おうね。
と言う約束が消えてしまうこと。
次会うのがお葬式だったこと。
彼は小さいながらに色々な感情を胸に秘めていたんだろう。
からあげくんと二人で向き合っておやつを食べていたとき?ご飯を食べていたとき?
そんなシチュエーションでいきなりからあげくんが正座をした。なにか思い詰めたようなメガネ越しの目が少し潤んでいた。
ママごめん。
ママごめんね、からあげくん、こんなんでごめんね。
いっつも泣かせて、ごめんね。
げんきやなくてごめんね。
からあげくんは頭を床につけるようにしてそう言ったのだ。ポタンと涙が落ちた。
小学一年生の冬。
ママこそ元気に生んであげられなくてごめん。
と抱き締めて泣くしか出来なかった。
二人でごめん。
と言いながら泣いた。
いつかなんで元気に生んでくれんかったん!って言われるかもね。
と義母に一度言われたことがあり、傷ついたがその通りかもしれないと覚悟していた。
まさか、こんなに幼いうちに逆にごめんだなんて。
辛くて、辛くてたまらなかった。
少し前に友人のお葬式に行ったのがいけなかったのか。
私は混乱して、翌日担任に話した。
担任はあっけらかんとわらって、
あぁ、お母さん❗それはこの間道徳の命の授業で道に飛び出して死にかけた子が、目を覚ましてお母さんに心配かけてごめんというお話しをしたからですよ。
といった。
私は、担任に友人を亡くしてかなり参っているので気にかけてやって欲しい。命の授業というのには不参加にさせてくれ。
と頼んでいたのだ。
なんで?
それに、健康な子がお母さんにいつも心配かけてごめんというのとは訳が違うのだ。
それが分からないかな?
息子は自分の存在が私を苦しめているのではと泣いたのだ。
笑い話ではない。
この先生は少し何かがずれているかもしれないとその時感じた。
その後、これは私にも非があることで学校や担任ともめたのだが、担任は息子をその頃から冷たくあしらっていたらしくからあげくんは少しおかしくなりとうとう痙攣重責で入院し、呼吸まで止まった。
痙攣は何時間も止まらずICU管理になった。
そんな時でも担任は自己保身のいいわけで息子の様態を聞きもしなかった。
その後も色々と担任や学校と揉めたが、からあげくんが無事に快復したから我が家はある程度で矛をおさめた。
その学校には6年間通った。
良きも悪きもあわせ持つ場所だった。
しかし、親子で疲弊したのは事実だ。
そして、地域に息子の存在を知って貰えたのも事実だ。
今、地域で不審者扱いされない基盤はこのしんどい6年間があってこそで悪いだけではない。
しかし、話を戻そう。
幼いからあげくんに土下座をさせてしまった。
この事実は母にとっては苦しい記憶で不覚だ。
守りきってやれなかった。
泣いてばかりいるかあさんでごめん。
元気に生めなくてごめん。
辛い思いさせてごめん。
だけどかあさんはからあげくんが好きやけん。
健康なからあげくん以外の子供
と
今のからあげくん
を選ばせてくれるなら、絶対からあげくんをえらぶ。
そして可能ならどうかからあげくんが健康に生まれてこれますようにと頼む。
でもね。
母さんは母さんのせいでももちろんあなたのせいでもないと思うようにしてるんだよ。
先天性疾患は確率論。
一定の確率で誰かが何かの病気を引き当てる。
遺伝性以外はそうだと思う。
そう信じるべきだとも思う。
それでも本当にごめん。からあげくん。
いつも君が命の終わりを怖がっているのを母さんは知ってるんだ。
普通より早く寿命が来るって気がついているのを知ってるんだ。
だけどみないふりをしている。気がつかないふりをしている。