きみと歩く時々走る

重複障がいのある息子とのこれまでと今

一票の重さ

私は基本、選挙に行く。

基本、というのは。

体調が思わしくなくて行けない、息子の入院等でどうにもならなくて行けない等の場合を除くという意味だ。

 

我が家には子供の頃から政治を語る場がたくさんあったし、学生時代も理系ではあったが政治・経済の履修科目もあり、一票の重さについての考察レポートも書いた記憶がある。

 

実家では政治については語り合うが、選挙については家族であろうと関与すべきでなく、個人の信念で政党や投票者を決めるため話さないという暗黙のルールがあった。

 

だから、結婚してから。

後援会に名前書かせてもらったよ❤️

誰それさんに入れてよ❤️

が普通の義家に違和感がある。

未だに、それ違うだろ?

とおもうから後援会はともかく選挙は自分で決めるし、息子も分からなくても良い、人の考えではなく自分で決めて書きなさい。

という。

だから、家族がこんなに頼んでるのに❗

と人でなしみたいに言われるが、私はむしろ聞きたい。

ねぇ?

権利を奪われてることに哀しみや怒りは感じないの?

もちろんきかないが。

というのは、家族を愛してたら家族のたのみを聞いてあげるためにそんな権利にしがみついたりしない。本当に冷たい。

と言われるだろうから。

 

組織票というものはきっとそうやって形作られるのだろう。

というのはよくわかった。

 

さて、今日は選挙だ。

朝一出掛けようと思う。

 

哀しい事はあったが、お香典や献花にならないよう。深呼吸してもう一度良く考えよう。

誰にわたしの一票を託すのかを。