きっと私達みんなに人生を振り返ったときこの○の時代と言うのがあって。
きっと私には親の会をやめたことがひとつの時代の終わりだったのかな?
と思いました。
私の人生のいろはきっとガラリと変わるのだと思います。
息子の中では会に参加できなくなった当たりに節目があり今おもえば確かに暫くひどく荒れて深海のように限りなく黒い藍色の時代が数年ありました。
その後今付き合いのある友人たちと出逢い水面まで浮上してキラキラ光る青春時代がありました。
私にもきっとガラリと違う世界が待っているはずです❤️
と信じよう🍀
もう体力無いんで柔らかな色の時代になるといいな~😅
息子が産まれ、三回の手術終わるまでの生存率は3割だといわれたあの日。
その話を笑いながら出来る日が来るなんておもいもしなかったし、人生真っ暗闇だと思っていたけど。
今は笑いながら話せるんです。
本当に悔しい❗合併症無かったら‼️
とか言いながら、まぁ仕方ないあの時の最善だったし命助かっただけ三割の方じゃない🎵
からあげくん、あなたは最高ラッキーボーイよー。持ってるわ❗とか話したり。
あの頃の私はそりゃあもう必死に駆けずり回り生き急ぐみたいな日常で今おもえば暗黒の時代って言うより、情熱的な深紅の時代だったとおもうんです。
血反吐もはきながら、でも私燃えてた❗(笑)
息子の障がいでたくさん泣いたし、苦労したし、正直、これからも怖いんだけど。
私はこの子しか育てたことがないから。
子育てと言えばこの20年が全て。
喜びも苦しみも悲しみも、人より強いのやら、弱いのやらわからないのです。
神様がいるなら、障がいがない息子をうませてくださいって、やっぱり言うけどさ。
障がいのある今の息子も愛おしいのですよ。
なんだかなー。
人間はわかんないもんです。
ただ、やっぱり!やっぱり。
息子を愛しているから、障がいのない人生を歩ませてやりたかったなー。
親の会に出会わない人生がよかったなー。
だけども。
私のなかで親の会にいた時代はやはり素晴らしく煌めいて、私の情熱を注ぎ、であった人を愛して時に憎んで、夏休みのような高揚感のある時代で愛すべき場所でした。
幸せな場所にいられてよかったな。
また。私はそんな場所をみつけたい。
がんばるぞー!
私の人生も、息子の人生もまだまだこれがピークじゃないぞー‼️(笑)