きみと歩く時々走る

重複障がいのある息子とのこれまでと今

バックグラウンドの違い

昨日のblogをとりあえず下書きに戻しました。

消すつもりなんですが、足跡残してくださった方もいたので😢

 

昨日はかなり自信喪失してしまい、私の20年息子と歩んできた日々全てが悪であったのではないかと悩みました。

 

実際、至らない母なので反省点は多々あります。

しかし、昨日の文章に間違いがありました。

わたしへのアドバイスをくれていた方は健常児育児をされていて、子供がこどもらしい夢を語るのは普通だったという点です。

 

 

バックグラウンドが違うと景色は全く姿を変えます。

 

力尽きて心身どちらか、もしくは両方を病んでもなお、立ち止まることも、ましてや崩れ落ちること等許されない環境で笑顔を絶やさず、心穏やかに子供を見守るのと。

いわゆる普通と言われる子供の育児をしているなかで時に悩みながらも心穏やかに。

というのではまるでちがう大変さがあります。

 

前者の立場にならなければきっと理解できないのです。

親ならばどちらであっても同じ態度を目指すべき‼️

正論です。

しかし、ままならないこともなる。

そしてきっとままならなさもはねかえしているおやもいる。

私も努力した、しかし完璧はむりで、更にはメンタルも病んだ。

そのメンタルの有り様までアドバイスされるのは気持ちよいものではなかったし。

ままならなさを跳ね返すことをアドバイスされながら、完璧主義はだめ、気楽に生きましょう。

とおどけたキャラクターが出てくるYouTubeを勧められる。

わけがわからなくなりました。

私に何を言いたいのか。

聞きましたが、教えてもらえませんでした。

 

 

ひがみ、そねみ、そうとられても仕方ありません。

実際そうなんです。

それもある。しかしそれだけでもない。

 

 

おなじ立場の親はみなそう口をそろえます。

 

私は揺さぶられてしまいましたし、反省しなければならないことはたくさんあると気がつきはしましたが。

 

 

私はもう少し。

このことを含め考えてみたいとおもいます。

きのうのblogの内容は色々な齟齬からちょっといまの気持ちを正しく現したものではなくなりました。

 

齟齬は私の思いこみからはじまり、きっと、アドバイスも善意ではあったのだろうと信じています。

 

 

ただ。

 

子育てはみんな大変だよ❗

健常でも障がいがあっても、同じように大変。

 

ってたまに目にしますが。

それは違うと。

障害児の育児は本当に、本当に身を削らねば成り立ちません。

死の恐怖がとなりあわせだったり、

暴力、暴言に親だから無抵抗で耐えねばならなかったり、

周囲の心無い言葉や態度を堪え忍び、

自分のことは何一つ優先できない、もし優先しているとき子供に何かあれば即虐待を疑われ、

その他にも障がいの種類により苦しみはさまざまです。

私は自分が経験したものでない大変さには、本当になにも言えません。

私の想像のきっとなん十倍も苦しみがありこまりごとがあるだろうから。

辛いね。

としか。

だからアドバイスは全てすんなり受け入れられるものではなくなりました。

 

なんのこっちゃ?

と全てを話さないからおもいますよね。

申し訳ない。

全てはかけないんですが、昨日のblogを消すに至った、色々があったのです。

もうしわけない。

 

またいつか、この事をしっかり考え、考えがまとまったらはなそうとおもいます。