きみと歩く時々走る

重複障がいのある息子とのこれまでと今

ごみを捨てる

朝一の仕事。

それはごみ捨て。

これだけは最優先だ。

そして床掃除。

床置きされているものが少ないほど良い状態に保たれゴミがない証だと信じている。
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私は、なにを捨てるかばかり考えてるところがある。

本当を言うとあれもこれも捨てたい❗

と思っているアレコレがたくさんある。

 

近々したいことに息子の思い出の品の見直しがある。

たった二つの薄い収納ケースの中身を更に減らしてひとつにしてやろう。

としている。

なんなら写真も半分に減らしてやろう。

とかも思っている。

貰い物、使わないものもずいぶん溜まってきた。

 

身内に昔。

人に貰ったものや、思い出の品物を簡単に捨てる人は薄情な人が多い。

と言われたことがあるが。

私はそうは思わない。

 

実際、なぜものを捨てにくいかというと。

ものにはその身内が思うようにやっぱり情が移り、思い出という情報が宿るのだ。

 

情は手強い。

 

負けて全てを残していくと、古い情に邪魔されて、

新しい情が入ってきたとき真っ直ぐに受け止めるキャパシティがなくなる。

情は大事に愛でられないと怨念に変わる気がする。

新しい情に焼きもちを焼いて、私のときめきをじわじわ食いつくす。

 

情が怨念に変わる前に、

ありがとう。

さようなら。

をして新しい情を真っ直ぐに受け止められる

を作っておく。

 

これがいつも最大限に感謝できる環境だとわたしは思う。

わたしはね。

 

そんななかで、長々と捨てない、残すと決めたものはやはり貴重で。

私の宝物だと気がつけるのも時々見直す事の意義だと思う。

 

んだけど。

私は、薄情か。

そこは違うと言いきれない。

少なくともキャパが足りずにいつもあちこちに不義理ばかりだ。