きみと歩く時々走る

重複障がいのある息子とのこれまでと今

保護者なりの思いがあるから難しい

まず始めにこれは学校批判でないことを述べてから書き始めます。

 

からあげくんは小学生の間地区の小学校の支援学級に。中学以降は支援学校に行きました。

 

 

小学校の間、彼の書道は下に手本を敷いて、時には先生に手を添えてもらいながら書いていました。

だから、むちゃくちゃ綺麗です。

通常クラスの子より美しい仕上がりだったりしました。

 

絵も

ああ、先生の手がいっぱいはいっていますね!

という作品で彼らしさはない作品でした。

が。

文化祭などの展示で妙に浮いたりせず、普通に擬態していました。

 

 

こういう場面でうまく擬態出来ていてほっとする保護者と。

わたしみたいに下手なりに自分で書かせてよ。

と思う保護者とがいます。

 

義母などは、この作品をみて大喜び!

他の子よりうまいがね❗

天才やないん‼️

と。

 

私はそれをみて、穴に入りたくなりました。

いや、違うから!

これは先生の作品だよ。

だから、私はこの手の作品が好きになれず、母や義母にある程度手渡したあと残りはからあげくんの目につかないように捨てました。

 

 

中学になるとなんともユニークな美術の先生にあたり、ほとんどが彼の作品でした。

あぁ先生に少し手を借りたな。と感じても嫌みではなく、彼の個性はしっかり残っています。

だから、私は、これはとても大事に扱っています。

 

 

高校になると彼は常に書いていました。

アニメキャラを下手なりに書き、色付けし。

毎日楽しそうでした。

途中、先生にある程度書いてもらい仕上がりを美しくしたい!という気持ちを持ち始め、本人は嬉しそうでしたが、私は、それは合作として彼と先生の絆を見る感覚で見ています。

ただ、それは先生に書かされた小学校と違い、自分からお願いしたもので楽しい時代を振り返る彼には意味のあるものです。

そして、この時期の作品がからあげくん本人には一番大好きな作品達です。

 

だけど。

私は、かれの彼だけが書いた絵が好きで、字が好き。

俺は下手だから‼️

という彼の意見には納得がいきません。

 

 

小学校時代をのびのび描かせ、書かせていたら変わったのか、あの時代があったから手が動くのか。

 

正直わかりません。

 

 

 

彼にはパッと見わかりませんがたくさん出来ない手の動きがあるのです。

真似るから入るのは正解だったかもしれません。

 

じつは今もはんこケースのあけかたを30分あまり練習しましたがなかなかうまく出来ません。

びっくりです。

あぁ、これもなんだな。と

まだまだ気づくことがあります。

色々なタイプのケースがあり、昔ながらの円柱タイプはんこケースにこだわる必要は無いのですが、手先を少しでも使うのは他のことを容易くさせるのにつながるので練習していくことにします。

 

 

 

普通に近づけるのがBESTだとは思いません。

ただ、常に好奇であったり蔑みの視線にさらされることはいくら気持ちを強く持っても辛いことです。

うまく擬態出来ていてほっとする親心が私にもあります。

 

あるんです。

 


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